ホーム | 西教寺について

沿革

西教寺は1927(昭和2)年の創建です。栃木県大田原市にある白旗山西教寺の住職・上島智證により、三木説教所として開設されました。場所は現在の品川区立大崎中学校の近くでした。

1940(昭和15)年には上島顕道が第2代住職に就任。太平洋戦争中の1944(昭和19)年、建物疎開により説教所は解体されましたが、戦後まもなく現在地に移転、三木山西教寺として再出発しました。

1970(昭和45)年、多くの方々のご協力を得て現在の本堂を建立しました。1984(昭和59)年には上島昌彦が第3代住職に就任。現住職は第4代の上島顕亮です。

本堂

本尊の阿弥陀如来を安置した内陣と参拝者が集う外陣のある真宗様式の本堂です。椅子席で40人がお参りできます。

客間

参拝者の休憩やおとき(食事)などでご利用ください。40人が着席でき、座椅子の用意もあります。

合同墓

西教寺合同墓は、西教寺にご縁のある方ならどなたでもご利用いただけるお墓で、歴代住職のほか門信徒のお骨を多く安置しています。桜の名所として有名な和田堀廟所の中にあり、毎年4月には利用者家族が共に集う機会として合同参拝を行っています。

築地本願寺和田堀廟所
東京都杉並区永福1−8−1
京王「明大前」駅より徒歩8分

合同墓のご案内

 

大谷本廟への分骨

大谷本廟は京都市東山にある親鸞聖人の墓所です。全国の門信徒の遺骨が安置され、毎日大勢の参拝者が訪れます。
先立たれた方々も遺されたものも、同じ教えをよりどころにお浄土で必ず再会できることをよろこび、いのちの尊さ・つながりの確かさを伝えたい。そうした願いから、浄土真宗では本廟に故人の遺骨を分骨することが大切な習慣とされています。
なお、本廟には各寺院の納骨棚が設置されています。

大谷本廟(西大谷)
京都府京都市東山区五条橋東6−514

親鸞聖人墓前の明著堂
大谷本廟の納骨棚

浄土真宗の教章(私の歩む道)

宗名

浄土真宗

宗祖

親鸞聖人

 ご誕生 1173年5月21日(承安3年4月1日)

 ご往生 1263年1月16日(弘長2年11月28日)

宗派

浄土真宗本願寺派

本山

龍谷山 本願寺(西本願寺)

本尊

阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)

聖典

釈迦如来が説かれた「浄土三部経」

 『仏説阿弥陀経』『仏説観無量寿経』『仏説阿弥陀経』

宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教

 『正信念仏偈』(『教行信証』行巻末の偈文)『浄土和讃』『高僧和讃』『正像末和讃』

中興の祖 蓮如上人のお手紙

 『御文章』

教義

阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。

生活

親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来の御心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。

宗門

この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。